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TRAVEL NOTES
クルーズ旅行記
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何も知らない中での世界一周クルーズデビュー

2022.06.15
クルーズエッセイ

初めてのクルーズは世界一周?!

この度、エッセイを執筆させていただくことになりましたので、自己紹介を兼ねて、私の客船デビューについて書かせていただきます。

客船に乗ったのは、本当に偶然でした。

夫が本業のかたわら、執筆業もしており、ある出版社の社長に「客船で起こるミステリー小説を書きたいんです」と言ってみたところ、「じゃあ、乗ってくればいいじゃないか」と、なんとクルーズ代をくださったのです。

今から約25年も前のことで、夫も私も(出版社の社長も)、客船のことなど、ほぼ何も知りませんでした。夫もまさか想像していなかった展開だったらしく、出版社の帰りに慌てて書店に立ち寄り、客船の本を探し、偶然、雑誌『CRUISE』を1冊手に入れてきました。

それでもどうやって、どのクルーズに申し込めばいいか分からず、某大手旅行会社に勤務する友人を頼って、なんとか希望の3月に乗船できる客船を探してもらいました。

これも後で知ったことですが、1998年3月は、横浜港に「飛鳥」(郵船クルーズ)と「クイーン・エリザベス2」(キュナード・ライン)と「オリアナ」(P&O)という3隻の客船が揃った時だったそうです。

飛鳥は横浜から世界一周、クイーン・エリザベス2とオリアナという英国の2隻は英国発の世界一周の途上で横浜に寄港していて、3隻が華やかに揃った、珍しいタイミングだったとか。

初めて足を踏み入れた船内

オリアナの船体
「オリアナ」の船体。黄色いファンネルが目印 撮影:藤原暢子

申し込みも遅く、客船の知識もない夫と私。他の2隻はすでに満室で、唯一空きがあったP&O社のオリアナに乗り込みました。フライ&クルーズならば1週間のクルーズもあったのに、いきなり45日間の船旅です。

持って行くべきものもよく分からず、振袖までスーツケースに入れました(結局、着付けが間に合わず、ディナーに遅れると洋服で駆けつけました)。

横浜から他にも10人ほどの日本人が乗船しました。オリアナは現在、P&Oでの運航を終えていますが、当時は就航してまだ3年目の客船。初めて見る客船の空間の華やかさにびっくりしたのを覚えています。

バルコニーもあり、落ち着いた快適な客室
バルコニーもあり、落ち着いた快適な客室。ベッドとソファーの間は遮光カーテンがあるので便利! 撮影:藤原暢子

客室もバルコニーが付いていて申し分ありません。時代的にも、英国の会社ということもあって、ドレスコードも「フォーマル」、「インフォーマル」、「カジュアル」が設定されていました。

フォーマルの日は、夕刻、夫はタキシード、私もロングドレスを着て、緊張してディナーに行きました。20代後半で、陸ではそんな機会もなかったので、ドレスコードに合わせて、“おしゃれ”に挑戦するのは実に刺激的でした。

フォーマルのディナー前のカクテルパーティー
「フォーマル」のディナー前のカクテルパーティー。英国の船らしくタキシード率も高かった 撮影:藤原暢子

現在では、多くの船会社がドレスコードをなくしたり、ゆるくしていますが、時には皆でおしゃれをして、船上を華やかにするのも良いものだと思います。

ありがたい日本人コーディネーターの存在

そんなに大人数の日本人が乗っているわけではないのに、日本人乗客のために“日本人コーディネーター”という、我々のクルーズをサポートしてくださる方が乗船していました。

ディナーも洋食のフルコースが続くと、胃も疲れてくるので、白米は毎夜炊いてくれるようにアレンジしてくださったり、メインがサーモンなどの時にはソースをかけないでもらって、“鮭の塩焼き”風などになるように工夫してくださった気がします。

日本人乗客の中には、ふりかけや梅干しを持参している方もいらして、洋食が続いてもお米さえあれば45日間もなんとか大丈夫でした。

食事への配慮だけでなく、ベテランのクルーズコーディネーターの方だったので、「この寄港地では、ここを観たほうがよいですよ」「この海域はちょっと海が荒れるので、船酔いする前に翌日の準備をされることをお勧めします」など、常にさまざまなアドバイスをくださいました。

イスラエルの「嘆きの壁」
寄港地ツアーの一つで、イスラエルの「嘆きの壁」へ。ヨルダンの「ペトラの遺跡」など、1度の旅では行けないような貴重な場所を訪れられるのが世界一周の魅力 撮影:藤原暢子

初めてのクルーズでも、それが外国客船でも、“クルーズ・コーディネーター”がいると、安心してクルーズできることがわかりました。

世界にはいろんな客船がある!

何も知らずに「横浜から乗れる」という」だけで客船に乗りましたが、オリアナはどちらかというと、“普通の英国人”も乗っている客船だということがわかってきました。「教師をしていたけれど、定年退職したので夫婦で乗っている」など、英国でも中間層の方でも乗れるくらいの料金設定なのです。

1泊の日数がもっと高い船もあれば、安い船もある。その中間くらいということでしょうか(客室にもよりますが)。世界一周ですから、もちろん気軽に乗るわけにはいきませんが、「退職したら」と貯金をしていれば乗れない船ではないというカテゴリーです。

日本人の乗客の中に、元船乗りの男性がいらして、その方は4人部屋でした。今も長めのクルーズで相部屋のシステムが残っている船会社はあるかはわかりません。同室になる乗客が区間で入れ替わる度に、新しい仲間ができて、「今回はこんな人が乗ってきたよ」というお話を聞くのも、興味深かったです。

世界一周といっても、全航路乗る必要はなく、いくつかの区間で乗客が乗下船します(私たちが横浜から乗ったように)。その度に新しいルームメートが変わるらしく、共同生活に慣れている方にとっては、それもなかなかリーズナブルです。

人によっては、3カ月通しではなく、2〜3年かけて、区間クルーズを行って、「世界一周」をする方もいることがわかりました。

そして世界の客船の大半は1〜2週間のクルーズを行う船が多いということを知りました。船の大きさ(乗客定員)や雰囲気、料金など、その時の休みや目的に合わせて、選ぶことができるのです。

それを世界一周途上の船上で知った私たちでしたが、知らなかったからこそ、飛び込めた世界一周でもありました。

それぞれの、“客船に乗る理由”

オリアナに乗った頃の私は、飛行機で数カ国にしか行ったことがありませんでした。ですので、初めて訪れる国も多く、また次の寄港地まで航海日が5日間などという経験も初めてです。そこで“地図”ではなく、“地球儀”をイメージしながら、旅をすることができました。

デッキでナイトパーティーやイベント
天気の良い日はデッキでナイトパーティーやイベントもあり、飽きない 撮影:藤原暢子

航海日が5日間とかとなると、腰の重い私でもダンス教室や裁縫のクラスに参加するようになりました。乗組員や乗客の方々とも少しずつ話をするようになってきます。

英国の船だったので、インド人のウエイターやクルーが多く、英国とインドの歴史もなんとなく分かってきます。彼らは明るく、とても親切でした。当時流行していた「たまごっち」というゲームをあげると、「あと3カ月で休暇でインドに帰るから、国に帰ってから子供と一緒に遊ぶ」とパッケージを開けようとしません。乗組員の勤勉さや気遣いにも驚きました。日本で平等な社会で過ごしてきた私は英国的な階級社会もそこで初めて感じました。

長旅ですから、乗客の方と話すのも興味深かったです。元船乗りだった方は「ずっと海の上に居たから、ただ海の上が気持ちよくて」と、寄港地でも観光には行きません。時に港を散歩するくらいです。

オリアナの落ち着いたラウンジ
オリアナの落ち着いたラウンジ。航海日は読書をする乗客が多く、船内やデッキのあちこちに快適な椅子やデッキチェアーが 撮影:藤原暢子

お一人で乗っていらした日本人のご婦人は旦那様を病気でなくされ、船上で旦那様を偲びながら、「駐在で英国にいたときに2人が好きだったローストビーフを食べに行くんです」と話してくれました。

陽気なギリシャ人のおじさんはガールハントのために乗っていました。せっかく彼女ができたのに、「前の寄港地で下りてしまった……」と残念そうでした。まだ40代くらいのスイス人のご夫妻は交通事故に遭って、その心の傷を癒すために世界一周に参加したと教えてくれました。

腰の曲がった90代にしか見えない英国人のおばあちゃまが船内を歩いていると思ったら、その手にはしっかりと翌年の世界一周のパンフレットを握りしめていました。なんとたくましいことでしょう!

船に乗り続けるのは“人との出会い”のため

寄港地ももちろん興味深く、歴史や地理など学ぶことも多くありました。それでも一番私を魅了したのは、船上で出会った人々です。飛行機での旅だとじっくりと話したり、旅の後に連絡し続ける人はそう居ませんでした。ところが、客船だと1週間のクルーズでもその後、何十年も連絡をしあったり、その方の国(家)に遊びにいったりすることもあります。

クルーズの最後のフォーマル・ナイト
クルーズの最後のフォーマル・ナイトには、ウエイターやコックたちがダイニングを行進 撮影:藤原暢子

こんなに、いろんな方の人生や生き方を知ることができる旅はクルーズ以外には思いつきません。

45日間の船旅を終えて、夫は「客船は平和で安全すぎて、殺人事件とかミステリーが起きる感じではない」と言って、旅行記を1冊書いてお茶を濁しました。

夫婦して5キロずつほど太ってしまったのに、その旅行記に「客船は料理がもっとおいしかったらいいのに」と書いていました。それを、雑誌『CRUISE』の、当時の編集長がたまたま読まれて、「もっと料理がおいしい船がありますよ」と連絡してきてくださり、我々は急遽、半年で10社くらいの客船に乗船させてもらって記事を書くことになりました。とはいえ、夫は仕事もあるのでクルーズにばかり行くわけには行きません。

一方で私はフリーランスの編集者兼ライターでしたので、依頼が来るとどんどん1人でクルーズに乗るようになったのです。それからもう四半世紀。客船もどんどん進化してきましたが、私の、“客船を取材する仕事“の原動力は、今も変わらず、“乗っている方との出会い”が魅力的だからなのです。

執筆者 | 藤原暢子
長崎生まれで、父は元船医、姪は客船元乗組員という海のDNAを持つ一家。1998年に英国の客船で横浜から英国まで世界半周をし、改めて船旅の魅力に開眼。フリーの編集者からクルーズ取材、撮影、執筆の仕事を徐々に増やす。2004〜2010年、2017〜2019年と約10年間、(株)海事プレス社の客船情報誌『CRUISE』の編集長を務めつつ、さまざまな媒体で国内外のクルーズを紹介(現在は同誌プロデューサー、クルーズ・ジャーナリスト)。25年間で約120隻の客船で80カ国をめぐる。仕事以外の休暇もついクルーズへ。宝物は今まで船上や寄港地で出会った人々。
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